1. これは何の話?

金融情報の巨人であるロンドン証券取引所グループ(LSEG)が、生成AIのトップランナーであるOpenAIと手を組みました。 この提携の核心は、LSEGが持つ膨大かつ正確な金融データ(株価、企業情報、ニュースなど)を、ChatGPTから直接「信頼できるソース」として呼び出せるようにすることです。 具体的には、Anthropicなどが推進する標準規格「Model Context Protocol (MCP)」を採用したコネクタを開発し、ChatGPTユーザーや企業顧客が、自然言語でLSEGのデータにアクセスできる環境を構築します。 同時に、LSEG自身の従業員4,000名以上に対してもChatGPT Enterpriseを導入し、金融業務のDXを内側から進める計画です。

2. 何がわかったか

この提携により実現するのは、単なる「チャットボットの導入」ではありません。

  1. MCPコネクタの提供: ChatGPTがLSEGのデータベース(LSEG Workspaceなど)に接続し、リアルタイムの市場データや分析レポートを引用して回答できるようになります。
  2. ハルシネーションの抑制: 金融業界で最も恐れられる「もっともらしい嘘」を、LSEGという一次情報源にグラウンディング(根拠付け)することで防ぎます。
  3. プロの業務変革: アナリストやトレーダーが、複雑なクエリを書くことなく、「今日のテック株の動向を要約して」といった指示で高度な分析を行えるようになります。

3. 他とどう違うのか

これまでもBloombergなどが独自のAIモデル(BloombergGPT)を開発してきましたが、LSEGのアプローチは「汎用最強モデル(OpenAI)×最強データ(LSEG)」という組み合わせを選んだ点で異なります。 自前でLLMを作るのではなく、進化の早いOpenAIのモデルに、MCPという標準規格を使って自社データを「プラグイン」する形をとっています。 これは、AIモデル開発競争には参加せず、データの価値を最大化することに集中する戦略と言えます。

4. なぜこれが重要か

金融業界において「正確性」と「鮮度」は命です。 ChatGPTのような汎用LLMは、学習データのカットオフ(知識の期限)や嘘をつくリスクがあるため、これまでプロの現場では敬遠されがちでした。 しかし、LSEGのデータと直接つながることで、ChatGPTが「信頼できる金融端末」へと進化する可能性があります。 これは、金融実務における生成AIの利用を一気にメインストリームに押し上げる起爆剤となり得ます。

5. 未来の展開・戦略性

LSEGはMicrosoftとも深い提携関係にありますが、今回のOpenAIとの直接提携により、全方位的なAI戦略をとっていることがわかります。 今後は、LSEGのデータがChatGPTだけでなく、様々なAIエージェントからAPI経由で参照される「金融インテリジェンスのインフラ」としての地位を固めていくでしょう。 また、MCPが金融データの標準インターフェースとして定着すれば、他のデータプロバイダーも追随し、AIが扱えるデータの幅が爆発的に広がる可能性があります。

6. どう考え、どう動くか

金融機関や投資家だけでなく、データを扱うすべての企業にとって「MCP対応」がキーワードになります。

指針:

  • 自社のデータをAIに読み込ませる際、独自のAPIを作るのではなく、MCPのような標準規格に準拠させることを検討する。
  • 金融情報の収集フローにおいて、従来の端末操作だけでなく、自然言語によるクエリがどこまで使えるかテストする。
  • LSEGのデータを使っている企業は、今後提供されるであろうAI連携機能のロードマップを担当者に確認する。

次の一歩: ・今日やること:Model Context Protocol (MCP) の公式サイトをチェックし、どのような仕組みでデータ連携が行われるか概要を掴む。 ・今週やること:自社で契約しているデータプロバイダー(LSEG以外も含む)が、生成AIとの連携についてどのような発表をしているか調査する。

7. 限界と未確定

  • アクセス権の範囲: 一般のChatGPTユーザーがどこまでLSEGのデータにアクセスできるのか(有料オプションなのか、企業契約限定なのか)は現時点で不明確です。
  • レイテンシ: リアルタイム性が求められるトレーディング業務において、LLM経由のデータ取得が十分な速度で動作するかは検証が必要です。
  • セキュリティ: 顧客の機密情報を含むクエリが、どのように保護されるか(学習に使われないか)は、特に金融機関にとって重要な確認事項です。

8. 用語ミニ解説

  • Model Context Protocol (MCP): AIモデルと外部データソース(データベース、ツールなど)を接続するためのオープンな標準規格。USBのように「挿せば繋がる」を目指している。
  • LSEG Workspace: LSEGが提供する金融プロフェッショナル向けの総合情報端末・プラットフォーム。旧Refinitiv Eikonの後継。

9. 出典と日付

[1] LSEG (2025-12-03): https://www.lseg.com/en/media-centre/press-releases/2025/lseg-announces-new-collaboration-with-openai